俺の歴史③~大学卒業編~【ヤヨイ#12】

前回までのあらすじ


ダンスサークルに入り"不運ハードラック"とダンスっちまった結果、単位を取っていなくて留年の危機。

この支配からの卒業


稼働→麻雀→講義(睡眠)→稼働

というのが大学一年の時の生活サイクルだったのだが、大学二年にもなると

稼働→麻雀→睡眠(自宅で)→稼働

こう変化してしまった。

大学生なのに大学に行っていないのである。

せめて出席だけでもしておけば試験前の猛勉強でなんとか単位をとれていたが、講義にすらいかないと話は別。

自分が親だったらぶん殴っているだろう、だがそれがあったから今パチンコパチスロ業界で働けているわけだ。
パパママ許して欲しいぴょん。

約一年分くらいまともに単位を取っていなかったわけだが、三年の時に大学をサボってまで稼働に行くことはやめ、きっちりすべての講義に出席し単位を取った。

それでいて稼働もしっかり行い、まさに文武(?)両道をしていた。

ただそれでも一年のブランクは大きく、ここから先一個でも単位を落としたら留年が確定するというところまで追い込まれたが、周りのスロ友達も似たような状況だったため情報を共有し、試験の傾向や対策をたてそれぞれ奮闘した。

結果、勝負強いと言っていいのか不明だがすべての単位を取得し留年することなく卒業することができた。

俺だけは…

大学生活の思い出


よくいう。

大学生活は人生の夏休みだと。

大学生はその余りある時間と、車の免許取得により行動範囲が一気に広がる。
そのため周りの友達と旅行だとか遠出に出かける人が多い。

特に卒業旅行なんて海外に行く人だっている。

生まれも育ちも全く違う仲間が四年間一緒にいたのだ、そのくらい仲が深まっていてもおかしくはない。

自分にだってそういう友人はいた。それが卒業の危機を一緒に戦ったスロ友達だ。

休みの日はほぼパチスロを一緒に打ちに行き、同じ飯を食い麻雀をする。6人くらいのグループだったが相当仲が良かっただろう。

だが我々は卒業旅行に行かなかった。

なぜかというと、

自分以外の5人全員が留年したからだ。

だから大学生の思い出と言われたらパッと思いつくものがない。

パッと思いつくものがないだけで絞り出せばあるのだが、

「あの日あの店であの台打ってあのフラグひいていっぱい出たわ」という思い出が邪魔して全く出てこない。

そんなパチンコパチスロしかやらなかった男が社会という大海に出てしまうのである。

次回俺の歴史④~社会人編~

機種名、パチンコ、リーチ演出、ボーダー、スペック、期待値、ST確変、時短、止め打ち、オーバー入賞

思い出なんてこれで十分。
泣いてなんかいない。

※当ブログにおける数値・所感などはあくまで個人の見解であり、所属する組織の公式見解ではありません。また情報の信憑性・正確性を保証するものではありません。

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